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ベアドッグと追い払い

 「捕獲放獣」の中で「学習放獣」という試みがある。捕獲されたヒグマにベアスプレーを吹きかけるなどの「お仕置き」「嫌がらせ」をしたうえで放獣する教育方法だが、確かにその行為でクマはヒトを漠然と毛嫌いするようにはなるだろうが、私自身は懐疑的というか、たぶん根本的に異なる方向をめざしていると思う。
 特に若グマの教育というのは、若犬の教育とほとんど同じ。つまり、条件付けはピンポイントで明確に、強く短くやらなければ効果が薄い。何と何を関連付けてどれだけ明確に強く教えるか、そこが曖昧だと行動改善が思ったように得られないことが多い。例えば、犬が飼い主に牙を当ててきたとする。わたしは、その行為に間髪を入れず叱るだろう。それを、1時間後に叱っても、犬は何を叱られているのかわからない。結果、牙を当てるという行動の改善にはほとんど結びつかないのだ。
 私の「追い払い」は、その点を加味した「捕獲しない学習放獣」のようなもので、通常の若グマ相手なら、何でもかんでもヒトを怖がらせたり毛嫌いさせたりする方向ではない。こちらが勝手に都合の良い許容ラインを引き、その外に若グマがいる限りはどちらかというと穏やかに眺め、その線を一歩でも踏み越えてきたときに態度を急変させて追い払い行為に移る。つまり、若グマの側に「これはOK」「これはヤバイ」と、区別させようという努力をしている。それくらいの知能は彼らは持っているし、もし仮にここが非だとすると、「ルートコントロール」という概念自体が怪しくなる。

 現在までここでおこなってきた「若グマの忌避教育」は、あくまでヒトのためのクマ教育なので、線引きは当然こちらの都合で決める。クマの意見などは仮に言えても聞かない。例えば、ブラフチャージという威嚇の行動があるが、これ自体はクマとしてはあまり悪い行動とは言えないが、この威嚇が起きた瞬間にこちらが対応を間違えると大変なことになる可能性もある。ヒト側のヒグマ教育が十分できいれば、私ならブラフチャージは許容する。しかし、現状では普通の観光客がこれをやられると、つい走って逃げる人も出てくるだろう。それを加味すると、とにかく人間と接近した場合は逃げる・隠れる、とクマ側に教えなくてはいけない。
 たまにある若グマの好奇心による接近や私が「プレイチャージ」と呼んでいる遊びの突進に関しても、少なくとも現在の北海道では同じ理由で許容できない。
 どうして「恐怖教育」ではなく「忌避教育」かは、要するにヒトを恐怖したクマは不用意な至近距離遭遇の際に切迫度が高すぎて反応が過敏になり、対応しづらいと感じるからだ。ちょうど下の写真がそうだが、白いあぶくを口から出して興奮しているヒグマを一般の観光客がなだめ切るのは難しいように感じるし、できれば興奮や切迫ナシに、「イヤな奴が来たからあっち行こ!」くらいに立ち去ってくれるクマが、特に観光エリアでは理想だと思う。

11i3 追い払い 左写真は2011年9/6の追い払い最中の若グマだが、私のミスで斜面上方30mほどの距離から若グマ特有の「中途半端なbluff charge(突進)」を開始され、この不得手な状況をクルマから飛び降りた凛が咄嗟に助けてくれた場面もあった。斜面上方の薮で二頭の動物が唸り合っていたが、そのうち凛が妙にさっぱりした顔で戻って来た。そして若グマは、ときどき不平の声を短く山に響かせながら、次第に稜線筋へ遠ざかった。
 中山間地域での追い払いのほとんどが斜面上方への追い上げなので、いったん逃げたヒグマが写真のように道と平行に左右に走りだすと厄介になる場合がある。追い払い個体がこのような動きを示す場合、残してきたもの(シカ死骸や仔熊など)によほど執着しているか、私に対して腹を立て始めているか、そのどちらかなので、私はしきりに背後の仔熊を探したが、犬が反応せず、私もその気配は感知できなかった。

 なお、このように写真を撮るのは必ずしも酔狂ではない。デジタルセンサーカメラの画像と照合することもでき、また、もし仮にこの個体がさらに悪い性質を現し捕獲判断をしたときには、駆除ハンターが前掌幅データとともに手にする「ウォンテッド写真」となる。

2012年親子グマ・追い払い 先述のように、人里内にヒグマのエサ場があれば、クマたちが農地・人里に降りてくることを、少なくとも私は阻止できない。これは2011年までにさんざんやって確かめられた。その場合、その移動ルートを制御するくらいしか当面の方法がないが、「そこはどうしても居ちゃダメ!」という場所も人里内にはある。右写真は見づらいが、先頭の母グマに仔熊2頭が写っている。発見したとき、仔熊(1歳子)2頭だけで、その「ダメ」という場所に出ていた。やっと親離れしたかと思って、ユルユルと2頭を誘導するように追い払いのポジションに移動させたところで、突然母グマが山側から飛び出て、仔熊のところに走り寄り、そのままの勢いで先導しながらこの写真の状態となった。このまま見過ごしてつけあがるといけないので、3頭が山に入った位置から即座にベアドッグを放し、斜面上方までしっかり追い払った。

                追い払い地図
  「空間(場所)」「時間」「性質」の三つの判断基準で、一つでも引っかかれば、程度に応じた「追い払い」をおこなう。およそだが、上の図では左3つが「場所」、右2つが「時間」と「性質」で引っかかり、矢印ナシは「潜みグマ」で、しばらくその場でブラブラして様子を見てそのまま知らん顔で立ち去った。赤:2011、ピンク:2012。


補足)追い払い2種と効果
 ベアドッグによる追い払いには、上述のように問題のヒグマがいる場所を想定し、こちらから出向いていって意図したバッタリ遭遇的な状況から追い払うケースと、ヒグマの移動ルート上で待ち構えて、そこに現れた個体を追い返すケースと、概ね二つのパターンがある。(もちろん、調査・パトロールで偶然遇っても、相手の態度によっては、同様に追い払うこともある) どちらも効果は現れるが、特に後者は効果が大きいように感じられる。

追い払い失敗・太平 左写真はよく目撃される若グマの道の横断箇所とルートを事前に調べつつ、ガスがかかったのを見計らい一つのルートに絞って「待ち」をかけた例だが、30mほど横断箇所を予測し損なった結果、効果的な追い払いに失敗した例だ。道へ出る手前で立ち上がってこちらを確認したあと、くるりと反転して斜面を降りていった。
 尻を見せ薮を蹴散らかして一目散に逃げるくらいでないと追い払い効果は十分ではないというのが一応私の考えだが、この若グマの場合、この一件のあと雲隠れしたように目撃情報がなくなり、私の待ち伏せはもちろん、調査にも引っかからなくなった。推測で3歳のオス熊だが、これは警戒心の学習能力がかなり高い個体だ。これとは逆に、何度追い払ってもほとぼりが冷める頃、道端のアリやフキを食べに降りる若グマなどもある。

 ヒグマの個性のバラツキが激しいため、「追い払いの効果」といってもやはり一口には言えない。写真の若グマも、じつは当初、相当物覚えが悪そうに見え、私自身は長期にわたる教育を覚悟したが、このクマはその懸念をあっさり裏切った。実際にその個体に対してやってみなくては判らない面があるが、追い払いというのはしっかりやりさえすれば大なり小なり効果は見込める。少なくとも、やりもせず「効果がない」と言えるほど単純ではない。

あんぽんグマ これは、ガスの中に立つ若グマとの初対面のときの写真だが、道路法面上方まで登って、突然伏せて隠れた(?)ササがありさえすれば伏せればいいっていうもんじゃないだろう。
「おい、こら!何のつもりだ?おまえはバカグマか!」とつい大声を出し、投げつける手頃な石を足元に探したほどだが、この行動で「物覚えが悪そうだ」と私は勝手に思い、長期戦になる腹を括った。
※もちろん、ヒトが接近したときにこういう動作で隠れ、ひたすらじっとしてヒトが遠ざかるのを待つ戦略は、こちらとしてもありがたい。状況判断はともかく意識までは正しいのだ、この若グマも・・・




(岩井基樹)
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