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センサーカメラを用いたテスト例―――電気柵の学習テスト
 センサーカメラの利用法は、単にヒグマの移動ルートや時間の確認、個体識別に利用できるだけではない。一歩進んだ利用法として、こちらが仕掛けた各種テストに使うことができる。例えば、箱罠周辺でのヒグマの行動を見ればtrap-shyを確認できるかも知れないし、移動ルート上を電気柵で遮断したり、忌避剤の効果を見たり、使い方は工夫の数だけある。

 2011年、センサーカメラをテスト導入したのはシカ用電気柵の張ってある農地の脇だ。10月に入ってデントコーンは枯れ始めているが、もう一つ確かめておきたいことが浮上した。いつのもルートで農地まできたヒグマが新しい電気柵にルートを阻まれたらどのような行動をとるか? 無視してそのまま進む。鼻で確かめワイヤーに触れて仰天する。Uターンする。ウロウロする。さりげなく回って侵入できるルートを探す。私なりの一定の予測はあったが、これも実際のヒグマで試してみなくてはわからない。

防除テスト そこで、デントコーンが刈り取られる前日(10月4日)になって乾電池で動く簡易型の電気柵セットを急遽用意し、デジタルセンサーカメラも三台態勢にして実験を行った。2011年の電気柵学習の期末テストのようなものだ。
 張られた電気柵はヒグマたちの集中した移動ルート左右に5mずつ。合計10m。20-40-60pの基本的な一重三段タイプでワイヤーには視認性の高いリボンテープを採用した。電圧は11500V。およその配置図は左図。
 農家の主人には、なりゆき上テスト用電気柵設置当日の駆け込み提案になったが、「クマが出るようにカメラの前を刈り残しておこうか?」という主人の提案は丁重にお断りした。

 ビデオ 電気柵を前にしたヒグマの行動/ライトハンドと11i03(カメラA・B・C)wmv14mb(7'59”)
 ビデオ ISDN等の方はこちら(wmv2.5mb)

 ネット・動画環境の弱い方のために、動画からのキャプチャー画像を示しておく。
 異なるアングルからの、ほぼ同時刻の画像。(クマは4〜5歳のオス・11i03)。
         カメラトラップ・防除テスト      11i3

解説と考察)
 2011年の10月4日夕刻、まだ西の空が明るい17:32に現れたヒグマは、出没時刻・行動のほか左耳の怪我などから推して上述の負傷グマ(呼称・ライトハンド)だが、テスト用に張った電気柵の2m以内には近づかず、恨めしそうに電気柵とコーン林を見たあと、そのまま姿を消した。その1時間後に現れたコードネーム11i03(推定4歳オス)は電気柵を警戒しつつも約3分間にわたり再三電気柵に接近して確認動作を示した。
 それぞれの個性のバラツキが顕著に出ている場面でもあったが、i03は三台のセンサーカメラのうち二台に接触している。この場合は好奇心によるじゃれつきよりも、苛立ちから目障りなものにあたったと考えるのが妥当だろう。毎晩腹を空かせてデントコーンを食べにきていたところに突然新しい電気柵が張られてデントコーン手前で足止めをくらっているのだから、その心理は自然だ。物欲しそうに電気柵越しにコーン林を見つ姿が妙に印象的。ところが、行く手を阻む電気柵自体にはワイヤーはもちろん、ポールにも電牧器にも一切触れようとしていない。かなり用心深く接近し、ときにへっぴり腰になって鼻で確かめようとしているが、結局電気柵には触れもせず忌避してここから立ち去った。

 2頭の行動から、撮影のために点灯する赤外線LEDライトは、ヒグマによって感知されている可能性があるが、その光に特別な警戒・忌避は示しておらず、この場所から2頭を退けたのは、やはり電気柵の存在であると考えられる。
 2頭のヒグマがその後どのような行動をとったかは、ここから続く閉鎖町道上の石灰が断片を語っていた。2頭は最低でも一週間律儀に続けた行動をガラリと変え、ライトハンドはひと月前(9月上旬)の移動ルートそのままで、この農地に降りる以前の活動エリア方面に移動していた。i03の移動方向が定かでないが、少なくとも常用ルートで侵入・退避した形跡はない。映像上も回り込んで侵入経路を探していないことから、この農地への侵入自体を断念した可能性が高いだろう。

■もともとこのポイントは数頭のヒグマの移動ルートが交差する場所だったが、小さな個体から姿を消し、最終的に2頭のオス若グマが毎日往来するようになった。つまり、この二頭はこの移動ルートを固定化していて、ヒグマの常習性をテストするいい機会だった。それで、たった10mの電気柵を採用した。もし常習性や執着が移動ルートにも現れるなら、10mどころか5mでも防げるのではないかと踏んだ。

■2011年、11i03(通称i03)とはじめて対面したのは、夜間パトロールで私とベアドッグの真正面から歩いてはち合わせする状況だった。ライトを使わないので30m先のi03を私は視認できなかったが、ベアドッグの反応で、ヒグマが正面にいることは確かだった。翌朝、石灰の足跡からそのクマがi03と特定できた。二度目は、i03が日中に隠れ潜むヤブを推定し、こちらから出向いていって飛び出させ、そのまま山斜面に追い払ったとき。この時は、私のミスもあって、i03は斜面上方30mほどからbluff chargeをおこなってきた。そして、bluff chargeのお返しもあって、三度目がこの電気柵実験であるが、私自身は、ライトハンドをここまで手負いにした個体もi03と推測している。というのは、この2頭がこの周辺に降りている個体の最年長オスで、ほかは見てわかるほど小型個体ばかりだからだ。そして、このルート交差地点で若いクマからいなくなっていったのも、i03が絡んでいる可能性が高い。つまり、i03という個体は、通常より攻撃性が高いと判断され、捕獲判断を念頭にマークしてきた個体でもある。ただ、過去のデータからすれば、2012年、i03が私の調査エリアの閉鎖町道に降りる可能性は低く、パトロールで対面することも、センサーカメラが捉えることも、おそらく今年(2011年)が最後だろう。
 もし現れれば、今年同様、ベアドッグとともに追い払い、ストーカー行為を繰り返し、電気柵で妨害工作をするまでだ。


■まともな電気柵不在のこのエリアの一体どこで電気柵(高圧パルス電流)の電撃を学習をしたのか?という疑問が湧くが、じつは、それがこのテストの一つの目的でもあり、どうやら目論見が功を奏し、「2010年にいこいの森に回した電気柵のどこか」と言えそうな気がする。もし仮に、電撃を学習していないクマなら、電気柵を警戒せず、鼻で触れて度肝を抜くクマの映像が撮られただろう。

(岩井基樹)
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