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ここでは、本編「ベアカントリーの心得」「被害を防いで暮らす」に登場したいくつかの道具について、ちょっとした経験を交えながら比較的自由に書き進めようと思う。
■クマよけの鈴・ベル
クマよけの鈴・ベルは、「鳴り物」の代表として昔からザックなどにつけて山を行く登山者が多く、現在では、ホームセンター、釣具店などにも普通に見られるメジャーなクマ対策用品だ。メジャーというところが結構肝心で、これをつけて歩き回る登山者が多い山では、「チリン」と遠くから鳴っただけで周辺のクマは「ヒトが来た!」と思うだろうし、逆の場合には「何の音かな?」と興味を持つ若いクマがいるかも知れない。いずれにしても、これをつけて歩くことで、お互いに知らないうちにクマとヒトが接近というケースは防げる。
ただ、この鈴にもちょっとした盲点がある。常にチリンチリンと自動で鳴るこの音が便利でこれを使う人が多いわけだが、その「便利」がベアカントリーでの注意力を怠らせがちだ。注意をしなければ観察も分析も判断もできない。結果、ベアカントリーを歩くスキルが上達しないことにもなる。
ベアカントリーでは、あたりに注意しながら、行く手にクマが潜んでいそうな薮を見つけたら、少し離れた場所から「ほーい!ホイ!」と声を出したり、手を叩いてこちらの接近を知らせる方法をおすすめしている。
簡単に言えば、想像力(想定力)なのだ。「クマがいそうな場所」をパッと想像するためには、クマの習性やその時期に何を食べているかを知らなくてはいけない。調査や山歩きで毎年何度もクマに遇ったり、臥所(ふしど)や食痕を見ていると、自然にこの想像力は勘のレベルで身につく。だから、ベアカントリーのエキスパートのあとを歩いて、どんな場所でどんなことに注意しているかをよく見ると、勉強にもなる。そうやってクマを意識し注意しながら歩いているほうが、はるかに楽しい山歩きになると思う。
また実際に、沢などでは音が聞こえづらく、強風の日も雑音が多い。そういう状況ではメリハリつけて大声を出したり、手のひら赤くなるほどパンパンと手を打ったほうがいいだろう。だいたいにおいて、ベアカントリーではオートマチックよりマニュアル操作のほうが優れている。
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■ベアスプレー
英語のまま書くとベアスプレーだが、日本では「クマ撃退スプレー」「クマスプレー」とも呼ばれ、最も普及している「カウンターアソールト」をはじめ数種類の商品がある。成分は多くがトウガラシの抽出物で一種の催涙ガスに近く、人間がこれを近距離から浴びれば、眼は開けられず、ほとんど呼吸困難になる。クマの場合は、何故かこれを受けても人間ほど絶体絶命状態にはならないが、決して心地いい刺激ではなく、昨今増えている不注意な若グマに対しては、きちんと4m以内から吹いて顔付近に命中させれば、撃退効果は高い。
これくらい強烈なので、吹くときには、風向きが大事だ。無風状態で吹いても、あるいは軽い追い風で吹いても、大なり小なり眼が痛くなったり咳き込んだりする。向かい風なら、クマよりこっちにダメージがあって、まず目がまともに開けられず、ほとんど動くこともできず、クマ対応どころではなくなる可能性が高い。それで、ベアカントリーでは常に風向きを意識するという基本スキルになるし、慣れるとこんなことは無意識にできるようになる。そして、クマと遭遇したときも、自然に風上に移動し、樹の後ろに回り込む動きになるだろう。
クマにこちらの接近を知ってもらうために追い風で歩くのは理想だと思うが、それでバッタリ遭遇を起こしたとすれば、それはじつはお互いの不注意によるバッタリではなく、クマ側の意図が絡んでいる。だいたい、そのクマは経験が浅い若グマだろう。このケースが昨今多いが、これに関しては、最も安全かつ効果的にベアスプレーを用いることができる。
たまに誤解する人がいるが、これは虫除けのような「クマ除けスプレー」ではない。クマを近づけない忌避効果があるのではなく、突進してくるクマなどに直接噴射し、強烈な催涙刺激で退散させるのが目的だ。野営地の周辺にクマが寄らないようにこれを吹き付け、逆にクマを寄せてしまった例さえアラスカにはある。
いずれにしても、使いどころとしては事前の予防ではなく、ミスをしてクマとバッタリ遇い、いろいろやりとりをしてもクマからフラフラと接近してきたり、突進してきたときの最終手段に近い。
「ベアカントリーの心得」の確認だが、
ベアスプレー、あるいは上述の「クマよけ鈴」に限らず、特に若いクマは好奇心が旺盛で、まったくはじめて嗅ぐにおい、聞く音などに対して、接近を試みることが多い。そして、場合によっては、そのにおいや音の場所まで来て、いろいろを関連付けて学習する。簡単に言ってしまえば、そのにおいなり音なりに近づいて、「おいしくて危険はない」「面白い」と学習すれば、次回からはその音・においは「誘引要素」としてそのクマに働く。「危険である」「イヤな思いをする」と学習すれば、「忌避要素」として働くようになる。そして、「面白くも美味しくもないし、危険もない」と学習すれば、無反応になる。
餌付けは第1のパタン。「追い払い」「電気柵」というのは第2のパタン。そして、第3パタンとしては、知床・大雪の国立公園内の新世代ベアーズがある。
噴射距離は10m内外と説明書にも書いてあるが、効果が固い射程距離は4m以内。噴射可能時間は数秒から(正確に測ったことがないし、気温によっても異なるだろうが)10秒以下だろう。これから判るように、ヘアスプレーなど普通に出回っているスプレーとはまったく別物と捉えたい。ベアスプレーの噴射口を見れば、だいたい想像はつくだろうが。
クマに使うケースは、いわゆるバッタリ遭遇で、その瞬間突進を開始するクマもあるので、素早く構えて噴射できる位置に保持しておかなくてはいけないが、構えたからといって慌てて10mとかで吹いてしまわないこと。あくまで射程距離まで我慢して吹かないと、いよいよクマが近づいて来たときにガス欠、なんていう事にもなりかねない。
クマに遭遇したときの定石は、樹に回り込むという方法だが、もしそれが成功すれば、突進しているクマの動きを止め、なおかつ樹が盾となるので、ベアスプレーは比較的冷静に至近距離から吹くことができる。噴射距離に関しては、実際は突進に対しては少し早め、フラフラ接近に対しては十分引きつけてという方向になるだろう。バッタリ遭遇時に樹に登る余裕も手頃な樹もまずないと思う。
このスプレーを効果的に使う秘訣は、「冷静沈着」ということだろう。クマが突進してきているのに平静ではいられないだろうが、パニックにならないよう、ときどきシミュレーションしておくといい。そういう状況に陥ってしまったら、無闇にあがいても仕方ないので、できるだけ迎撃に有利な位置関係をつくり、スプレーをベストタイミングで正確に吹くことを心がける。
こういう事情があるので、ナタなどの武闘派武器に比べ、老若男女、運動神経や力などに影響されず効き目を発揮することができる。ナタでなくスプレーを勧めるのは、「複数で行動する」「バッタリ遭遇では、集団がばらけないようにする」というスキルがあるからだ。グループでヒグマにバッタリ遭遇し、コンパクトにまとまった状態で、それぞれパニック寸前の人間がナタを振り回したらどれくらい危険かは、想像できるだろう。
そしてまた、ナタとスプレーを両方持っていたら、まずはスプレーを使い、それでも撃退できなかった場合にナタを手に取るのが手順だろう。
ベアスプレーの効果について懐疑的な意見もあるが、北米はもちろん知床・丸瀬布などで撃退事例は年々増えていて、私自身は20本、30頭ほどの若グマにこれを用いたが、撃退に失敗した例は今のところない。(※本数と頭数が異なるのは、腰に2本持って若グマの意図的な教育をおこなっているから。通常は、一度に全量使う) 今のところないから絶対にないとも言えないが、特にフラフラと興味本位で近づく刹那的な若グマに対しての撃退確率は限りなく100%に近いと思う。逆に、親子連れ、交尾期のオス熊、シカ死骸についたクマ、手負いグマなど、興奮状態あるいは防衛本能が過度に働いているクマに対しては、効果はそれぞれ落ちると思う。これさえあれば安心という道具ではないことは肝に銘じておこう。
最後に、あくまで私見ということで多少非科学的っぽいことを書くが、ベアスプレーを用いるときも含め、撃退・追い払いでは、こちらの精神状態というか、心理方向が大事なような気がする。スプレー噴射に際しても、「こっちへ来ないで〜!」「助けて〜!」という逃げ腰な吹き方はあまり好ましいとは思えない。しっかり狙えないということに加え、その気持ちがあちこちにボディーランゲージとして現れてしまうからだ。
私自身は最近、常に訓練を積んだベアドッグを伴っていて、このスプレーを使う機会が皆無となった。林内のヒグマ相手の仔犬の訓練で使ったのが最後だと記憶しているが、少なくとも私のエリアでは、本当に切迫し追い詰められてbluff
chargeをおこなうクマは、じつは意外と少ないような気がする。突進の類型としては、一つは、私が「追い払い」や「ストーカー行為」で相手のヒグマを中途半端に怒らせた場合、もう一つは、「プレイチャージ」と呼んでいる遊び要素を含んだ、こちらを試しているような突進。すくなくとも大量捕獲後若グマが増えだした時期の私のエリアでは、後者が年間に何度か見られ、これに対しては特に強い気持ちで対峙しないと、図に乗る傾向もある。2007年前後、効果を観察しながら「追い払い」の強さ・手法を模索していた時期で、特に若グマ対応に関して、「ただボーッと立っている」「デナリのレンジャー風」「暴れるゴジラ風」「ニヒルなお兄さん風」「ブラフチャージ返し」と思いつく限りあれこれやったが、結局、上の「強い気持ち」「あくまで威嚇的に」というのがどうやらミソで、実際にやらなくていいが、怒鳴り散らしながら追いかけていって逃げる若グマに掴みかかるくらいの、そういう気持ちでちょうどいい。あくまで学習途上の若グマ相手の話、あくまで私見だが。
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■爆竹・ロケット花火
山菜採りに出かけた人が、山に入る前に爆竹を派手に鳴らす光景はよくあるが、遠くのクマにヒトの存在を知らせるためには、効果がある場合もあるとは思う。しかし、山歩き、渓流の遡行など、行動の途中でそれを鳴らすことはおすすめしない。述べたように、北海道のクマはとくに「潜む戦略」を常用している。じっと薮に隠れてヒトが行き過ぎるのを待っているクマだが、そのクマが近距離にいた場合、爆竹やロケット花火などの派手な破裂ものは、ちょっと刺激が強すぎ、潜んだクマがビックリして飛び出てくることも十分あり得る。原則的に、何事も起きていないうちは、クマに対する「アピール」であって「威嚇」にならないように注意すること。
また、驚いて飛び出たクマが向こうに走って逃げたとしても、その方向に誰かがいる場合だってあるだろう。登山道があるような山や、ほかの釣り人・散策者がいるかも知れない渓流周りでは、破裂ものは使わないほうがいい。
また、この爆薬の破裂音に関しては、特に若い個体に関して、銃声に接近するという傾向が強まっている。普通に考えれば、銃声がすれば当然ハンターがいるのだから、クマは遠ざかると考えるだろう。ところが、現代はそうなっていない。まったく逆なのだ。これは、その地域のハンターがどういう能力・資質を持っているかにもよるが、シカ駆除で手負いで逃げてしまう回収不能個体が近隣の薮で息絶えたり、マナーが悪いエリアでは、撃ったシカの残滓を放置していく例などが見られる。そういうことが恒常的におこなわれているため、クマとしては、「ハンターはおいしいシカを置いていってくれる」と学習してしまっているのだ。
最近、北海道におけるヒグマの捕獲数が多いといっても、それは箱罠だったり林道等の流し猟スタイルだったり、とにかくハンターに追いかけまわされる経験を現代のクマはしていない。それで、こんな変な現象が起きてくる。
アラスカでは、銃声はヒグマに対する威嚇音としてそこそこ機能する。しかし、現在の北海道では、むしろヒグマを引き寄せる音となっている傾向が強い。
とすれば、「爆竹がクマを遠ざけるか?」という疑問も、答えるのが簡単ではなくなる。
威嚇でこれらを鳴らしていいケースは、まずクマの位置がおよそ確認できている場合。そしてできうるならば、クルマなどの避難場所が確保できている場合。いずれの場合も「追い払い」行為になる。
最もあり得るのは、夕方から夜間にかけて、人家に近い薮にヒグマが飛び込んで動かなくなった場合だろう。クマはクマで一生懸命隠れてじっとしているわけだから性質はそんなに悪くないが、人家近くはよろしくない。「コラー!!」と怒鳴りつけても、どうせ私がササ薮まで入ってこないと思っているのか、だいたいそんな声は無視してくる。見透かされたような気になって、こちらはにわかに腹が立ってくるし、でも、あまりやっていると住民がクマより私に不安感を抱くとさらにいけないし。いつまでも見ているわけにはいかないので、このケースでは、クルマでその薮に横付けし、サーチライトとロケット花火・轟音玉を併用して無理矢理遠ざける。これまでの経験では、潜んだクマがこちらに飛び出してきたことはない。
だいたいササに揺れでクマの逃亡方向などはわかるが、探索・確認は翌朝になる。ウンチを漏らしながら逃げた若グマがいたりするが、そういうときは、多少ウンチが靴やズボンにつきながら、「YES!」と小さくガッツポーズをつくりたくなる。別にウンチがついたからではなく、クマが度肝を抜かれビビリまくって逃げ去った証拠だからだ。ウンチはその証。絶対とまで言えないが、このクマがこの場所へフラフラと歩き回ることは二度とないだろう。
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■鉈(ナタ)
山へ行くときに携帯することが多いのが鉈だが、これはクマ対策の武器として持ち歩くというよりは、野外生活の道具として持つものだろう。ベアスプレーの実用射程4m内外に対し、ナタのリーチはせいぜい1m。これを使いこなすには相当の修練と度胸が必要で、持っていれば安心というものではない。
また、上述のように、複数でいてヒグマと遭遇時にはコンパクトにまとまるのが原則で、各々が鉈を振り回す危険性のほうが高い。アラスカなどでは「ヒグマ遭遇時の銃器の使用は自傷あるいは他人を傷つける可能性がある」といわれ、実際に自分のライフルで自分の足を撃ち抜いた事例もある。
とはいえ、ほかに何も持っていないときに、ナタは少し心強いだろう。実際に、ナタやスコップなどでヒグマを撃退した例もある。クマの大きさや態度によってもいろいろで、好奇心で近寄った小さなクマなら落ちている石や棒はおろか怒鳴り声でも撃退できる場合があるだろうし、あまり大きなクマが切迫して起こした突進や、立ち上がった状態なら、ナタを振るう気分になれないかも知れない。
もし仮にクマ撃退用に鉈を持つなら、ある程度重みのある剣ナタ(写真最左)をおすすめするが、通常使う道具として使いこなしておくことも重要だ。慣れない道具を咄嗟の一大事ではうまく使えない。特に刃物や銃器は。
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■ベアプルーフコンテナ
ベアプルーフコンテナとは強化プラスティックでできた食糧保管用の容器で、ヒグマの爪や牙がかからないよう、なめらかで丈夫な形をしている。ヒグマの力は想像を絶するほど強大だが、爪や牙がかからないものに対しては、その力も空転しほとんど発揮することができない。そしてまた、持ち去ることも難しい。
山行・キャンプのとき、歩くときも眠るときもこの中にすべての食糧を保管し、生ゴミもこれに入れて持ち帰る。とにかく、ヒグマに人為物(食糧)を食べさせないための努力の一つだ。北米ではハングアップ同様、比較的普及が進んでいるが、いい方法なので今後北海道でも普及していくのが好ましいだろう。現在、クマの先進地である知床・渡島半島では貸し出しもしている。
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■ロープとカラビナ
これもナタと同じで山での活動を支える道具だが、通常の樹林帯で持つならば、ザイル(クライミングロープ)はかさばり重いだけだし、細すぎると手さばきが悪いので、通常は5〜8o径の細引きを何種類か持てばいいだろう。いわゆるダブルラインの8oとかなら、本格的な岩登りは無理にしても、渓流遡行のちょっとした身体の保持にも使えるし、高場への荷揚げにも重宝する。シンプルな道具だけに、山では知恵と工夫で使い道は無限だ。クマ対策で直接使うのは、先述のハングアップ方式で食料を高く吊り上げてしまう場合と、逆に川に沈めてしまう場合。
クマ関係でほかに何か輝かしい使い道はなかったかと思いだしてみても、あまりない。何度かあるのは、夜間のヒグマを観察するために樹上高く構えたときに、クマが現れずウトウトするので、落ちないように枝に身体を結んだとか、今の自宅小屋を建てるときに、忍者風のクマ用警報機として、缶を吊したロープをクマの来そうな方向に張り巡らしたとか・・・「無限」と書いたわりには、クマ対策にはそんなに賢く使った記憶がなく、あまりろくな使い方もしていないので、少々恥ずかしい。しかし、読まれている方は、きっと無限の使い方を編み出してくれると思う。
ロープを持つときは、用途に応じた最低限の「結び方」を幾つか覚えておき、セットでカラビナを持つと滑車的にも使え、何かと便利だ。
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■電気柵
電気柵の原理や注意点に関しては、「最前線に暮らす/電気柵」をあわせてお読みください。
電源
電源は、一般家庭のAC100Vが簡単だが、人家から離れた場所では車用の12Vバッテリー、あるいは高価だがソーラーチャージャーを併用したシステムが選べる。
電牧器(パワーユニット):パルス電流発生装置
各メーカーから様々なタイプが出ているが、専門家の説明を聞き、十分余裕のある容量の電牧器を選ぶのがミソだ。初期投資として容量の大きい電牧器にお金をかけると、伸びて触れた草が電流で枯れてしまうので草刈り作業は楽になる。
少し専門的になるが、通常、「7000Vを維持しましょう」なんてよく言うし、それは一つの正しい尺度なのだが、実際は4000Vでも意外と効果的な電牧器がある。というのは、電圧が落ちたときに十分小さな抵抗の回路にどれだけ電流を流せるかどうかにかかっている。クルマのバッテリーは12Vだが、これをショートさせると、「バチッ!」という音とともに鉄のボルトが簡単に溶ける。たった12vだが、クルマのバッテリーがものすごく電流を流す能力を持っているということだ。それでヒューズが絶対に必要になる。それに対して、乾電池を8個直列につないで12Vにしても、そんな破壊的なことはできないし、ヒューズも要らない。この能力的なことは、電牧器のカタログのJ(ジュール)という部分を見ればだいたい正しいが、これが高ければ高いほど、漏電で電圧が下がった場合の電流に与える影響が小さいわけだ。
だから、小さなジュールの電牧器でいくら理想状態で「発生電圧は9000Vです」と宣伝していても、ちょっと漏電して5000Vに下がると、とたんに効果が無くなるし、逆に大パワーの電牧器なら仮に4000Vでも十分に利くということもあり得る。
電気柵をストレスなく楽に使うコツは、いかにメンテナンスで楽するかということなので、特に電牧器に関しては「安かろう悪かろう」は避けたほうがいい。
アース
意外と重要なのが電牧器からのアース。容量の大きな電牧器を生かすには、アース棒を数本地面に打ち込むことも必要だ。といっても、「アースくらい、これでいいだろう」とたかを括るのが人情だ。銅か何かの単なる棒だから。じつは、私のそのクチで、ある実験で電気柵を回して回路をつくったはいいが、電源をオンにしてみると、どうにもパワーが上がらない。あれこれ半日やって、まさかと思いアースを倍にしたらしっかり電流が流れるようになった、という経験がある。
ワイヤー
電気柵ワイヤー(導線)には、白く平らなリボンテープ、ポリエチレンのヒモにステンレス線が編み込んであるポリワイヤー、そして高張力ワイヤーが使われる。リボンテープは風に弱いが、野生動物に対してもヒトに対しても視認性が高く、ポリワイヤーはその逆だ。農地防除ではこの二つを立地条件で適宜使い分ける。
高張力ワイヤーを用いる場面というのは、ヒグマが電気柵に触れたときに驚いて柵を越えてしまう、いわゆる「ビックリ突進」を防ぎたいとき。要するに、ネットフェンスの如く物理柵の要素も持たせた電気柵だ。特に人身被害の危険性がある場合に用いられることがある。逆に、工夫をして、物理柵に電気を流す方法もある。
このほか、エレクトロネッティング(電気ネット)というステンレス線の編み込んであるポリネットも野営地などの簡易電気柵として使われる。
ワイヤーの設置で注意すべきは、ちょっと意外だが、連結だろう。単純にくるっと結んだだけでは、編み込まれた導線が十分触れずに、最悪ショートしてワイヤーが焼け焦げることもある。それで大事につながることはほとんどないが、連結は十分導線が接するようにマニュアル通り念入りにおこないたい。
あと、製品としての注意点が一つある。編み込まれた導線の抵抗は小さい方が電流が流れやすく、有利だ。ところが、例えば純粋な銅を使った導線では、確かに抵抗は小さくできるが、強度が小さく切れやすい。電気柵は野外で使うので風その他の力を受けやすい。そして、ピンと張った電気柵なら、つまんで10sの力で横に引っ張ると、電気柵の張力は50sにも100sにもなる。それで、ワイヤーそのものは弾力もあって切れないけれど、中の導線だけ切れるわけだ。そういう状態だと、どこが切れているかがわからず、じつに厄介だ。
そこで、メーカーらは、導線にステンレスを加えて強度を上げたりする。これで抵抗は若干大きくなるが、強度・耐久性まで加味すれば、まあ、あきらかに有利だと思う。電気柵は、ワイヤーに限ったことではないが、変なトラブルがないことが第一だ。「トラブルなしで、メンテを楽しよう!」これを合い言葉にやりたいものだ。
奥の手の「2重3段」張り
資材ではないが、ここに書いてしまおう。
シカ用電気柵やメンテ不足の電気柵で、もしクマが「掘り返し」「くぐりぬけ」を学習してしまっていたとする。その場合、もしかしたら、通常のクマ用電気柵では、そのクマは止まらないかも知れない。そのとき、クマにもう一度電気柵を正しく学習させ柵の前でUターンさせ、近寄らなくする柵の張り方がある。「2重3段」と呼ばれる張り方で、基本形のクマ用電気柵の外側に、もう一本20p高のワイヤーを加える方法だ。これをトリップフェンスといい、配置としてはネットフェンスの補助電気ワイヤーと同じだ。どれくらい基本電気柵とトリップワイヤーを離すかは確定的に決まっていないが、40p〜50p程度が適当と思われる。
「そんなことで、一度掘り返して入ることを覚えたクマに利くのか?」という疑問が湧くだろう。もう一度、電気柵が心理柵ということを思いだして欲しい。クマがこの柵を見て、どういう心理的ストレスを受けるかが問題なのだ。実際に掘り始めれば、大して時間がかからず二重の柵を越えてしまうだろう。ところが、そうしようという気が起こらない。幸いなことに、クマは理屈ではあまり考えない。見た目の印象が大事らしい。
電気柵というのは、別に農地の防除に使われるとは限らない。ゴミ箱・コンポスト・木道・動物園の柵などなど、とにかく張り方に工夫をすれば、いろんな事に使える。逆に、平坦な農地でも、防ぐ動物・防ぐ個体に応じて、いろいろな工夫があり得るということだ。これをやり出すと結構はまって、ちょっとした趣味として成立するくらい面白いかも知れない。そんな趣味が流行る頃には、野生動物は皆、電気柵忌避症候群になって人間の活動する場所に近づかなくなっていそうな気もするが・・・・
支柱
コーナー支柱は腐食防止を施した杭をしっかり打ち込むが、柵の直線部分では、絶縁体で柔軟性のあるグラファイトポールを用いる。これは、設置・移動を容易にするばかりでなく、シカが足を引っかけてワイヤーを切断したりするのを防ぐ。したがって、ワイヤーを過度に張ってはいけない。
支柱の設置にも、いろいろ工夫がある。
例えば、「シカ・クマのダブル防除柵」の場合、基本を20-40-70-100-130pと書いた。上二段はシカ用で幅も広く、ある程度ファジーでいいが、下3段はクマ用で、特に下二段20pと40pはちょっとたるむと地面についてしまったりする。かといって、あまり張力を持たせてピンと張るのは切れやすくなるのでおすすめしない。そこで、グラファイポールの間隔を、上3段は5m、下2段を2.5mとしたり、上3段を7.5m、下2段を2.5mとしたりして、ポールの間隔を変える方法がある。もちろん、上3段のポールは地面から130p以上欲しいし、下2段のほうは40pでかまわない。
電気柵はお得?めんどくさい?
電気柵。パワーフェンシングともいわれるこの道具。特にヒグマに対して抜群の効果をもたらすこの防除フェンスが、どうして北海道でこれほどまでに普及しないか、正直、不可思議に思う。農家の収入アップの道具であり、地域の安全性を確保する道具でもあり、農家の害獣ストレスを解消するまるで魔法の道具のようにさえ思える。とはいえ、私も2005年までは、電気柵の存在を知りつつ、かなり懐疑的だった。2005年、渡島半島をはじめて訪れて、リンゴ園に張られた全高たった60pの3本のヒモを見て、「こんなものでヒグマが防げるわけがないだろう!」と思った。もう少し言うと、「これは嘘だ。詐欺だ」とさえ思った。どうせこの周辺にはクマなんかいないんだ。だから、リンゴが食べられないだけだと疑い、即、裏山を探索した。ところが、入ってさほどせず、クマの痕跡を見つけ、私は困惑した。もう一度、果樹園に戻り、思案した。現実的に、この3本のヒモが周辺のヒグマを完全に防ぎ、甘いにおいを漂わす果樹園をエサ場から外させていると知って、ちょっと衝撃的だった。それで、世界のクマ用電気柵について猛勉強したわけだ。
現在、ヒグマ用の電気柵はちょっと改良して全高70pとしているが、それを設置していても、手伝ってくれている人が張りながら「こんなもの、すぐ飛ぶべや・・・」とぶつくさ言いながら作業をしたりする。が、私はそれを聞いて7年前の自分を思い出し、不快どころかついニコニコしてしまう。
ヒグマ用電気柵といえば、効き目云々のほかにすぐ聞かれる声は「メンテがめんどくさい」という声。ところが、私の知る限り、それを言っている人のほとんどが、電気柵を張ったことのない人か、張ってもきっちりヒグマを防いだことのない人だ。現在の知識・技術でしっかりやれば、作物が何であってもだいたいクマは止まる。日本国内でクマほど簡単に防げる野生動物も珍しいが、それでさえきちんとやらなければ防除に失敗する。失敗すると、人間だから正当化もしたくもなる。それで、「電気柵はめんどくさい」に加え「クマには利かない」「広い農地では無理」と加わりながら口伝てに広まっていって、いつの間にやらその地域の合い言葉のような常識となる。だいたいそういう論調を言いふらす人は、本当に困っていない人だ。
クマの出没で本当に困っていて、何とか防ぎたいと真剣に考えている人は、こちらから「草刈りが必要で、これが結構大変です」と話しても、「わかってる、で、クマは防げるんだな?」と真顔で切り返してくる。私は責任重大だと思いながらも「騙されたつもりで張ってみて!」と勧めるわけだが、実際、こういう人は助成金がなくても自腹を切る。面倒を面倒とも思わず、きっちりやる。多少の不都合は工夫して乗り越えてしまう。別に私は博打をしているわけではなく、クマは防ぎたいと思うかどうかなのだ。思えば防げる動物だ。
逆に、自分の農地の被害をなくすために、労力も払いたくない、カネも出したくない、工夫もしたくない。この三拍子が揃うと、「めんどくさい→利かない→無理」という論調は容易に成立してくる。
両極端な農家だが、どちらも電気柵の資材費やメンテのめんどくささは同じ。それでも、まったく異なる方向に動き、まったく異なる結論に達する。可愛そうなのは、「めんどくさい」「利かない」「無理」と広がってしまった地域の別の農家だ。デマや間違った常識の意図はともかく、結果的に、このエリアの農家は変な常識のせいでクマを防ぐ機会を失い、延々クマへの不安・ストレスそして実被害を受け続けることになる。
町長が地域に回って意見を聞く「移動町長室」というイベントでは、「電気柵のメンテナンスは行政がやるべきだ」と言い出す者も現れたりする。が、いまの行政にそんな体力も余裕もあるわけない。はじめ「めんどくさい」だったのが、知らないうちに「農家には絶対不可能」みたいな論に化けて合い言葉がヴァージョンアップする。峠を一つ越えて隣町に行くと、ごくごく普通の農家が毎年やっている作業、そしてクマの防除なんだけれど。一度蔓延したローカルな常識は、口で言ったってなかなか払拭できるものではない。
私の仕事のひとつは、このデマや常識を、地域の中で実証しながらひっくり返すこと。せめてクマの被害で本当に困っている人が、合理的に被害を解消して安全だったりストレスががなくなったりして楽になるように選択を増やすことだ。
ちょっとカラクリを書いてみよう。あまりいいことではないが、電気柵で自分が最も得する状態は、周辺の農地に張られず自分だけが張る状態だ。この場合、多少不完全な柵でも効き目があり、シカもクマも、自分の農地から周辺の農地にエサ場を比較的簡単に移す。簡略化していえば、周辺に同様の電気柵が張られた場合は、電気柵そのものでもバッファスペースづくりでも、一歩だけ進めて改良し効き目を増せばいい。逆に、最も悪い状態は、周辺が電気柵を張って、自分だけが張らない状態。その場合、地域のクマやシカが、自分の農地に集中して食べまくるような状況に陥る。それをシカ用電気柵で嫌というほど経験している農家は、クマ用の電気柵でも、自分が張りたくなければ、とにかく周りにも張らせたくない。「クマ用電気柵はメンテが面倒だから無理」「クマには電気柵は利かない」というデマの出どころには、そういう事情も絡む。
では、実際に、上に挙げたような論調・合い言葉の信憑性はどの程度あるのだろう。つまり、一部の地域で常識として広まりつつある「めんどくさいから、クマ用電気柵はやらないほうがいい」という論はどこまで正しいだろうか。
「メンテがめんどくさい」?
これは、たしかにある。人間だから仕事をできるだけ減らして収益を上げようとするのは自然な事だと思う。「めんどくさい」というのは、要するに仕事量が増えるということだが、その仕事に見合う結果が得られるかどうかが問題だ。どうしても時間がとれなければ、アルバイトを雇いメンテを完全に依頼してしまうこともできる。そう考えれば、「めんどくさい」というよりは、必要経費をどう捉えるかの問題になるだろう。
仮に200×200m・4丁の正方形の農地があるとする。
外周は800mなので電気柵を張るとすれば800m×300円/m=24万円。
電気柵は10年くらいは楽にもつだろうから、10年計画で考えると
年間の電気柵経費は2万4000円。
もしここで、年間10万の経費でアルバイトにメンテをお願するとすれば、
それでも年間あたり12万4000円の経費だ。
※電気柵下の草刈りは、だいたい年に2〜3度。ラウンドアップ、グリホエースなどの除草剤を併用するのも効果的だ。草が太く高く成長し鬱蒼と茂ってからでは、一度のメンテにかかる時間も長くなるが、草が伸びる前におこなえば、意外と楽。その場合、草刈りの進み方は100m/時程度で考えていいだろう。すると、8時間労働で800m進むことになる。アルバイト代をちょっと奮発し一日2万としても、上の農地なら年3回のメンテ経費は6万円で済む。
この2万4000円とか12万4000円とかの経費と、被害額あるいはクマの降農地で生ずる周辺の危険性などを考え含めて総合的に判断することになる。クマが降りるか降りないかで地域全体の安全性に関わるだろうし、農家自身も危険に晒される場面はあり得、実際にそのような人身事故も起きている。
仮にこの農地でクマによる被害が年間50万のあったとすると、
10年間の被害は、50×10=500万。
∴500-24=476万 つまり、年間あたり、年間の増収47万だ。
仮に全部アルバイトに任せても37万ほど毎年収入がアップすることになる。
もちろん、ここで防除をせずタダの箱罠でもかけていけば、クマはポツポツ獲れるだろうから気晴らしにはいいが、それ以上に周辺のクマがこの農地に寄ってエサ場とするようになり被害額が増えていくことも予想でき、10年間の被害は想定した500万ではまったく収まらない可能性が高い。そしてまた多くの地域では、現在の猟友会の捕獲能力が今後維持され続けるという保証はどこにもない。
感覚としては、柵を張らずにクマが食べるだろう分のうち少しアルバイトに渡して、「クマにはもうやらない」という感じだろうか。しつこいようだが、クマに農作物が食べられるというのは、食べられた側本意に言えば被害だろうが、事実本意に言えば、クマへの手助けでもある。クマに食べ物で援助し、結果、山の豊凶にかかわらず栄養満点グマばかりになって、その周辺のヒグマの繁殖率が局所的に高くなる可能性が高い。農地に降りるクマが子を育てるのだから、当然、農地に降りやすいクマが次々に育つことにもなる。初産年齢が低年齢化してしまう可能性さえ、私の調査・観察からは浮上してきている。だから、クマに50万円高栄養な作物を援助するなら、アルバイトに10万円渡してその援助を根絶してしまったほうがはるかにいいと、まあ、私の自然な発想はそんなところだ。
「クマには利かない」?
これは、明らかな誤認。デマの類だ。クマに適した設置方法とメンテナンス。これをやっておけば、よほど性悪か利口でなければ、まずヒグマは防げる。マニュアル通りきっちりやって、万が一そういうクマが出た場合に箱罠を使って確実かつ速やかに捕獲する必要があるが、そのために、箱罠は切り札として温存しておくほうがいい。罠にかからないクマなんて、どんどんつくっちゃダメだ。
「広い農地では無理」?
じつは、電気柵の弱点は、狭い農地・家庭菜園などでペイしない可能性があることだ。いくら狭くても電牧器とアースに最低限の投資がいるため、このような弱点ができてしまう。
逆に、広ければ広いほど、電気柵の経済効率はよくなる。同じ理由で、1丁の農地を10ヵ所持っているよりは、10丁の農地を一つ持っていたほうが、はるかにコストパフォーマンスは高くなる。
例えば、私が1丁の農地でコーンを栽培したとしよう。それを見て、多くの農家は「そんな狭い農地ならできるかも知れないが、うちは10倍広いから無理だ」と電気柵防除を言う。しかし、その農家が収穫するコーンは、私の10倍。そして、電気柵の資材投資やメンテナンスは10倍以下だ。恐らく、最大でも6倍程度に抑えられると思う。つまり、単位面積あたりの電気柵の経費やめんどくささは、広い農地のほうがはるかに小さいのだ。コストパフォーマンスは、収量に対して何%経費がかかるか、というところから考えなくては錯誤に陥る。広いから無理というのは、むしろ逆。広いからこそ電気柵は得なのだ。
「結局、損なの?得なの?」
上の200×200mの農地で考えたようなシミュレーションをそれぞれしてみるといい。
あくまで経済的なことだけで考えると、上述から、年間の被害が2万4000円程度なら、電気柵を張っても張らなくても収益はあまり変わらない。年間の被害が1万円ならば、電気柵は張らないほうが得だ。
とはいえ、無防備なまま箱罠を置けば上述のような予測になるし、箱罠を置かなくても、今後被害がどうなっていくかがわからない。特殊なクマが1頭そこに降りてるなら、そいつ1頭でずっといくかも知れないし、そうでなければ、減る可能性より増える可能性のほうが高いだろう。
とすれば、毎年毎年クマに食べられ被害が嵩んでいく前に、できるだけ早く電気柵を導入するのが得策だ。
ある農家から相談を受けた。農地の広さはちょうど上の農地くらい。被害作物はスイートコーンだったが、前年の被害額が200万だという。私は、つい、「嘘でしょう?本当はいくらやられたのさ?正直に言ってみて」と聞いたら、真顔でやっぱり「200万だ」という。
箱罠は当然の成り行きですぐ置いたが、そこに降りているクマには利かなかった。そして、ハンターにパトロールをしてもらったが、それでもどうにもならなかった。収穫の日には、ハンターにお願いし護衛してもらって、その中でコーンをひとつひとつ摘んだそうだ。こうなると、私の悪いクセなのだろうが、説明するのが面倒になって、例のアレになる。「騙されたつもりで、張ってみて」
この被害が仮に20万なら、いろいろ説明したり口説いたりすることもあるのだが、そういうレベルじゃないから。降農地しているクマが何頭いるかはわからないが、それらがまた次の夏になるとここに降りて来るのは目に見えていた。10年計画どころか、もう一年も同じ被害を出さないために、何をやればいいかは選択の余地はなかった。
逆に、まったく被害がない農地・作物でも、遠くない将来にヒグマが降りて常習的に降りるようになると予測できることもある。その場合、できるだけ一生懸命説明し、被害が出始める前に電気柵でクマを防ぐように勧めるが、こちらは説明の甲斐無く、無防備なまま悪い予想通りに進んでしまうことがほとんどだ。
北海道では「ハネモノ」の問題がかなり昔から指摘されているが、被害がまだ出ていない農地でのハネモノ処理には特に注意をする必要がある。
(→)手前に見える山がハネモノのビート。この地域ではビートを食べる習慣を、まだクマは持っていない。しかし、ここから200mほどのデントコーンや小麦は毎年やられていることから、このビートの山を偶然でも食べたクマは、ここへ常習的に降りてビートに被害を及ぼすようになるだろう。この山を撤去するとともに、電気柵の導入が得策と判断はされるが・・・
もちろん、このビートの山に関しても、私から見ると「撤去しないとマズイなあ」と思えるし、当の農家にしてみれば「めんどくさい」ということになる。
ある農家では、ネットフェンスを張った中から、外にポイポイとハネモノのニンジンやカボチャを投げ捨てて、「シカが喜んで食べるんだ!あはは」と満面の笑顔で話す。が、同時に「そこ、クマが通るんだよなあ!」とも困った顔で話す。現に、毎年この場所から若いクマを追い払ったりするが、どうしてここに若グマが好き好んで降りてきているかが、私にもこれまでわからなかった。私は、「それって、投げたニンジン食べてるんじゃないですか?」と示唆して、はじめて「外に投げんほうがいいかな?!」と真顔になるなんていう例もある。
ビートや小麦や稲というのは、ヒグマが食べるかどうかは、じつは地域によって異なる。それを食べることを学習したヒグマが多い地域ではさんざんな被害を出し、そうでない場合には無防備でもヒグマは降りない。ところが、一度どこかのヒグマがその作物を食べることを学習し、常習化させると、そこからの広まり方はかなり速い。一つは、例の母系伝承で似たような習性の仔熊が出来上がるということだが、あくまで私の推測だが、クマは周辺のクマが食べているものを感知し試すのではないか、とさえ思っている。つまり、あるクマが別のクマの糞に出合ったとき、その内容物が何であるか、かなり正確にわかるのではないか。それくらい高性能な嗅覚で、ヒグマはものを嗅ぎ分けて区別することができると思う。
私の自宅は、こうしてパソコンのキーボードを叩きながらふと窓の外を見るとクマが通りかかっていたりする場所に建つ。別にクマがいくら増えたところでクマはクマ、私は私で暮らせるのでいいが、農家がわざわざ自分の農地やハネモノや箱罠で降りるクマを増やし、援助する構図は、どう考えても不合理で何とも言えない気になる。昔は大変だったろうなあ、と思うが、今はヒグマのいろいろな知識とともに電気柵がある。自然との共生とか環境保護とか言ったって、それを実現する具体的な方法論が難しいはずだが、クマを含めた野生動物の場合、これが威力を発揮する。電気柵の発明者にはノーベル平和賞をあげたいくらい、画期的で秀逸な道具だ。
ある自治体では、ヒグマによる被害がここ数年毎年1500万円程度に達している。この被害額で電気柵を張るとすれば、延長45qに渡り電気柵を張れる。たった一年間の被害額でだ。毎年毎年、被害が増えたなどと言いつつ、じゃあ何をやっているかというと、100年前と同じ。クマが出たら殺しましょう、いや今では箱罠依存症だから、わざわざ山のあちこちからクマを農地に呼び込んで、殺せるやつは殺しましょうだ。それで、何か効果があるかというとほとんどなく、被害額は10年前と比べたら飛躍的に増え、どうにもならない状況だ。毎年1500万レベルの被害が嵩んでいく。そろそろ防げばいいのに、と思ってもそれが進まない。いろいろ憶測はあるが、それがどうしてなのかが、どうにも合点いかない。
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■刈り払い機
少し間接的になるが、人里や農地のヒグマ対策に欠かせないのが刈り払い機だ。ヒグマが山から農地などに出ようとするとき、境界部分のヤブを刈り払って、見通しを良くし、クマの心理的に出づらい緩衝空間を作ることが対策の一つとなる、あるいは電気柵周辺の草を刈り、漏電を防ぐためにも刈り払い機が大活躍する。
現在では、有名どころのメーカーも4ストローク機を開発していて、電気柵下の草刈りなどではトラブルの少ない4ストエンジンがストレスなく使えるだろう。4スト機は低回転のトルクがあり成長過程の草なら比較的静かに作業できる。刃はだいたい何でもいいが、ナイロンワイヤーと金属刃を使い分けると、ポール周辺の草をストレスなく刈れる。2人で手分けできれば効率がいいし、多少クマが恐くない。
逆に、ササ薮を大規模に刈ってバッファスペースをつくるような場合には、重さのわりにパワーのある2スト機の高排気量機が有利だろう。密生したササを刈り進むのは、結構振り回してカットしていくので、見えない石に当ててしまうことも少なくない。チップソーを使うなら、特に顔面は防護マスク類が必須だろう。
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■石灰まき
ある程度開けた場所に、石灰をうまくまいておくと、そこを通過したヒグマの痕跡がかなり正確に読み取れる。そればかりではなく、人里周りでは、事前にヒグマの移動ルートをある程度絞り込んでアスファルト上で石灰まきをおこなうようにすれば、前掌幅がかなり正確に測れるのはもちろん、場合によっては特定のクマの足の傷までまでわかることもある。単に大きい小さいという差ではなく、若グマの降里が多いエリアでも前掌幅の微妙な差から個体識別・頭数把握などをおこなうことができる。
前掌幅データを蓄積すると、ヒグマが年々入れ替わる様子や、大型ヒグマによって若グマの行動が制御されうることなどが見えてくる。石灰をまくのも、ヒグマを捕獲するためではなく、ヒグマの動きを知り、被害を解消していくためだ。(→各地の取り組み・丸瀬布)
類似した方法だが、標津町では、堤防沿いに数キロの土を掘り起こした「砂場」を作り、毎日土をならして、ヒグマの出没の有無やルート、個体の大きさなどを把握した。
牛舎に侵入されるような場合は、時間と労力を惜しまず石灰を要所にまいて出没ヒグマの動きを正確に知る方がいい。
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■デジタルセンサーカメラ(トレイルカメラ)
赤外線などのセンサーで野生動物をとらえ、自動的にシャッターが切れるカメラ。ハンティングの盛んな北米などで狩猟獣に対してハンターが利用することで進化・普及してきたが、昨今ではデジカメ化され、撮影枚数や感度が上がり、おまけに安価になった。
日中は普通のカラー撮影、夜間はLEDフラッシュを点灯させたモノクロ撮影の機種が多いが、基本性能は電気柵同様これまたピンキリで、だいたい通常のデジカメのセオリーが成り立つ。いくらスペック上で高画質でも、光学系や電子処理で劣ると昨今の高画素はまったく生かせない。この点では、ライフルのスコープやレンジファインダー(測距計)などの光学機器を得意とするメーカーが有利な感じがする。
また、意外と重要なのが、トリガースピード(センサーが感知してから動作するまでの時間)だ。(「各地の報告/丸瀬布」で示したように)個体識別の一要素である体側の映像を低位置から撮るために、カメラをヒグマのルート横に低く設置することも多く、トリガースピードが遅いと、通り過ぎる野生動物のお尻の写真が量産されたりする。親子で3頭通りかかったら、それが全部写っていないと、場合によってはどんだ誤認をまねき、その後「追い払い」などの対策に影響することもある。
ヒグマの場合は、センサーカメラへのアタックもあるので、破損を最小限にするためにはオプションの金属製の保護ケース、タイダウンワイヤーなどを使うのも効果的だと思う。これは、盗難防止にも役立つ。どこに何台設置されているかわからないセンサーカメラを盗もうなんていうやつは普通いないと思うが、仮に2台センサーカメラを仕掛けた場合、注意喚起の看板に「野生動物の調査のため、数カ所に自動カメラを設置しています」なんて目立つように書いておくと、盗難はまず起こらない。
あと、故障などのトラブルもあるため考慮が必要だろう。入手方法には正規代理店経由と並行輸入品(あるいは個人輸入)があるが、ガシガシ使う調査・研究目的あるいは対策上必要不可欠な情報収集とかなら保証のつかない並行輸入品を多めに買っておき、不調が現れたらどんどん取り替える方法がいい。というのは、正規代理店に修理に送っている間、代替品の提供があるわけではなく、肝心の情報収集がが滞るからだ。実際、正規代理店が修理するわけではなく、すぐ観念して新品を送ってくれればいいが、海外のメーカーに送って点検修理となると、途方もない時間がかかるだろう。もちろん、電子工作の技術があれば自分で修理したり、故障箇所を特定し壊れたカメラを「部品取り用」としてストックしておく手もある。
もちろん、上述のような特別な使い方でなければ、保証つきの正規代理店経由の買い方が無難ではある。
※使用事例・画像・映像品質については、(→「各地の報告/丸瀬布/カメラトラップ」)をご覧ください。
従来的なセンサーライトのフラッシュは、ヒトにもヒグマにも見える波長のライトだったが、最新の機種には「ブラックLED」と呼ばれるほとんど見えない赤外線ライトを備えたものがある。ヒグマがいてはいけない農地・人里周りなどで用いる場合は、ライトの到達距離が長い前者が好ましいだろうが、ヒグマを警戒させず完全にカメラの存在を隠して夜間撮影を行いたければ、後者が明らかに優れる。ブラックLEDの弱点は、通常の赤外線LEDに比べ照度が落ちる点。この場合、一眼レフで言う「外付けストロボ」に相当するブラックLEDのライトがあるので、それをうまく利用することで、カメラ前方数カ所に適宜ライトを設置し、ブラックLEDの照度不足を補うこともできる。
丸瀬布報告で示したように、事前に畳二畳ほどのピンポイントで場所を絞り込み、そこのヒグマの行動を複数のカメラで動画記録したり、逆に見通しの悪い林内を曲がりくねって歩くヒグマの行動を、100mに渡り数台のカメラで逐一追い続けたりもできる。確かに、簡単お手軽で機動性が高いのは市販のセンサーカメラをそのまま設置する方法で、実際、それで多くの場合は事足りるのだが、センサー部、光源、そしてカメラ部を分けて考えておくと、応用範囲がずっと広がり、場合によってはコストダウンにもつながる。
センサーカメラはノートパソコンやラジカセ、分離方式はデスクトップ、コンポに相当するので、後者はパーツごとのの交換が比較的楽で応用範囲が広がる。
補足)
この手のセンサーカメラは、CCD/CMOSの画素数が10メガピクセルでも、上述の理由で一般のデジカメ、ビデオには画質で遠く及ばない。もし仮に、単なる調査目的ではなく、一般への普及目的などで鑑賞に堪えうる画像・映像を得たい場合には、ホームセンターなどで売っているセンサーライトのセンサー部を用い、多少小細工をして一眼レフやレンズ交換式のフルHDビデオを作動させるとも、もちろんできる。が、その場合、やはりトリガースピードと、現場でのセンサー、ライト、カメラの位置関係に気を配る必要があるだろう。
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